これが、「ファスティング農業」をやりながら感じた結論です。
すべての物が安定へ向かう事を、わかりやすく考えると、振り子をイメージしたら分かります。

振り子は、右に大きく振れると、次は左に同じくらい振れます。
そして、放置しておくと、重力に引っ張られ真ん中で静止し止まります。ココが安定の状態です。雨が山で降れば川へ集まりより低いところへ流れ、留まる場所に静止するかのように、何かの事象が起きればそれが治まる方に物事は動こうとするという事が言えるかと思います。
例えば、砂糖を多く摂取した場合、血液中の血糖値は急上昇します。急激に上がった血糖値に対し、脳は危険と判断しインスリンを分泌し、急いで血糖値を下げようと急降下します。
急降下の性で平均的基準値を大きく下回る結果、低血糖になり飢餓状態に落ちると考えられます。
急激に体内に入った純度の高い生成物は、急いでその成分を平均値まで戻すために、一気に放出しようと働く。その結果出しすぎてまた加えようとする。これが振り子に例えられるメカニズムだと思います。
農業には、肥料と言うものがあります。
その中でも精製純度の高い化成肥料を投下すると、土壌内においても作物本体においても、窒素リン酸カリの3成分は急上昇するものと考えられます。
結果、振り子の原理で考えるならば、窒素リン酸カリの3成分は急降下する方向へシフトすると推察します。
人間が食べた物で体を構成し、食べた物が悪かったが故に病気になる可能性が生まれ、病気になった後には薬と言うもので体をコントロールしようとするのが、現代医学ではなかろうかと思います。
作物もまた、根から吸収したもので体を構成し、吸収した成分が悪かったが故に、病害虫に侵される可能性が生まれ、農業と言う生業をする関係上、収穫量を担保する為に農薬の使用を行うのが現代農業ではなかろうかと思います。
世の中では、「農薬が悪い」と言う声はあっても「肥料が悪い」と言う声は殆どありません。
薬が体に悪いのであれば、どうすれば使わずに済むのか?どうすれば使用量を極限まで減らす事ができるのか?
多くの人は、最終的に使用する農薬の件には触れるものの肥料には触れません。
農薬を悪とするのであれば、どうすれば農薬を減らす事が出来るのか?どうすれば使用しなくてすむのか?まずはそちらを先に考えて行動すべきではないでしょうか?
つまりは、人間でいえば「食べ物・食生活を変える」という事ですし、作物で言えば肥料を使わないようにしていくではなかろうかと思います。
一般的に、人間は食べなければ生きていけません。
だから一般的な農業において、作物の食べ物が肥料だと思っていらっしゃる方にとっては、
「食べ物を与えずに子育てできるわけが無い」
と言う理論から、肥料が大事であるという事を唱え、無施肥や少量施肥に対して、土壌が痩せていく、栽培できなくなるという思考で、嫌悪感を抱かれる方が多くいます。
しかしながら、山林に肥料や農薬を使用する事はありません。
肥料を与えないにも関わらず、毎年植物は青々と育ち病害虫に侵されて枯れる事はありません。
その場から収穫物を持って行っていないからだとおっしゃる方もいますが、例えば樹木は毎年年輪を大きくし、どんどん大きくなっていく。その為には何らかの養分が必要になる事は想像できますが、誰も何も投下ぜずとも生長する力を持っているのが植物だと感じます。
つまりは、必要な水資源・必要な土壌資源・必要な温度と光これらが揃えばある程度の作物は生長していくことが出来るのではなかろうかという事です。
一般農家が肥料を投下する理由は、生産量を上げて売り上げを上げる為にあります。
生産量×単価=売上
ですので、仮に1俵/反違うと、1haでは10俵、10haでは100俵と数字上かなり変わってきます。
3年前で言うと、1俵が13000円程度でした。
10ha違うと130万円も違います。
これが昨年の米価で言うと俵36000円程度と2.7倍の開きが出る為、一般的な農家であれば収穫量を上げる事こそ正義であるという感じかと思います。
しかしながら売り上げ増を目指して収穫量を上げるために肥料を投下すると、窒素リン酸カリの3要素は急激に上がる為、農薬を必要としてしまう流れがそこに生まれる事も考えねばなりませんし、土壌が補肥力を失うが故に、肥料や土壌改良資材を投下すれば、また土壌内の純度がブレて土壌自らが流乏させる方向へと繋がり更に土壌が痩せていく可能性が考えられます。
万物は振り子のように安定へと向かうと仮定するならば、何もしない事が安定への近道になる可能性もまたあるという事になるのではないでしょうか?
この原理原則から、川原農産では肥料を投下しない事を10年行い続け、令和8年は11年目の作付けに関しても、水稲における肥料を購入していません。
毎年圃場から収穫物を収奪し続ける川原農産の田んぼでは、土壌が痩せて収穫量が減って、栽培が出来なくなると一般的には推測されがちです。
しかしながら、現状はそのようにはなりません。
なぜならば、圃場に毎年入り込む物があるからです。
それは、水です。
水稲は、水の稲と書きます。水を多く必要とする作物であり、水があるが故に連作障害が起きない作物とも言われています。
その田んぼに入り込む水は、天から大地に降り注がれ、大地のミネラルを蓄えて流れ出てくる水です。
単なるH2Oではありません。
そして、近年の稲刈りは、コンバインで刈取をし、稲わらは細断されて田んぼへ還元されます。根も同様に田んぼの中に残っております。収奪部分は籾の部分であり、その中身の玄米部分はほぼ澱粉質の為、光合成によって生成される部分であり、肥料をほとんど必要としない事がわかります。
川原農産の田んぼで起こっている現象は、肥料投下とは逆の動きをするとみています。
前の年、田んぼから籾を収穫していく事で、田んぼの成分は振り子をプラスマイナスで考えて言うとマイナスからのスタートとなります。マイナスに振れている振り子はどのように働くのか?プラスの方に振れようとする力が働く事が考えられます。
土壌と言う一つの生命体が、自分の必要とする土壌成分に持っていく為に、雑草を呼び寄せたり、小動物や昆虫を呼び寄せたり、それらの死骸を分解供給する微生物を呼び寄せたりするのではなかろうかと思っています。
結果的に連作しても収穫量を大きく落とさずに、再現性ある栽培方法として機能していく事ができているのだと考えています。
学者でもありませんし、どこからか資金をもらって調べる研究機関でもありませんので、エビデンスを出せと言われても有りません。
実体験をもとに、考察をしていく事しかできません。
ただ、物理的に物質を取り続ければ無くなっていくという理論とは真逆の取り続けられるという現象が起きている事から考えれば、上記の振り子の原理が働いていると私は考えています。